
振付/クワメ・アサフォ・アジェイ
出演/クワメ・アサフォ・アジェイ、カトリーナ・ニスベット
<振付家コメント>
二人は初めて会話を交わす。家庭内の葛藤の記憶に悩まされる娘は、父親の過去の姿に慰めを求める。クワメの父と妹の個人的な対立に着想を得たこの作品は、家族の問題、宗教、そして文化的タブーを探求し、観客に真の家族の名誉とは何かを深く考えさせる。
<芸術監督コメント>
台詞劇の形をとるシアターダンスと呼ばれる形式の作品で、しかもヒップホップのポッピングスタイルで展開される作品であるが、その底には「黒人の視点から文化を理解する」という深く重い課題が横たわっている。別紙に日本語訳の台詞を用意するので、それを参照しながら彼らが作品に込めた思いに触れて欲しい。

振付・出演/植野 晴菜
<振付家コメント>
やさしさと痛みが沈む記憶のふちにたち、“いまを生きる”ということを問い直す。
<芸術監督コメント>
いわゆる「舞踏」のジャンルに属する作品であるが、とても素直に踊れていることに好感する。舞踏家を標榜する多くの踊り手は、「舞踏らしさ」にこだわり、舞踏の表層的なスタイルを模倣しようとする。みんな土方巽やその後に続く舞踏家の背中を見ているのである。しかし、舞踏にとって最も大事なことは土方巽の背中を見ることではなく、土方が見つめていた物をこそ見ることなのだ。今の植野にそれが出来ているかどうかは分からないが、少なくとも形を真似るところからは抜け出せているようだ。

振付/イム・ヘウォン
構成/キム・ジサン
出演/キム・ヘユン、カン・スンヒョン、イム・ヘウォン
<振付家コメント>
それは、葦のような人間の話です。四方八方から吹き付ける風に、葦はためらいもなく舞い、漂い、ぶつかり合い、流されるままに動きます。私たちは自分の声で話していると信じていますが、もしかしたら、私たちはただ吹き荒れる風の音を反響させているだけなのかもしれません。
<芸術監督コメント>
私たちは情報の渦の中にいる。沢山の情報が洪水の様に押し寄せ、私たちの価値観を激しく揺さぶる。しかも、その情報の中の多くのものは事実に基づかない不確かなものか、あるいはまったくのフェイク情報なのである。その渦の中で、私たちはどうやって正気を保つことが出来るのか。いや、もともと「正気」などという状態は果たして存在するだのろうか。

振付・出演/オレ・カムンチャラ
音楽/デトレネ
<振付家コメント>
振付家が西洋と東洋、ストリートの動きと古典芸術の動きを借用しながら対話する、文化の交差点に立つソロ。内側には親密な空間、外側には探求の場。この「円」は、ダンサーの身振りに見出されるある種の普遍性と、新たなメカニズムを探求するよう駆り立てる絶え間ない動きを想起させます。
<芸術監督コメント>
オレが舞台に登場した時に、その自然で、しかも揺るぎのない自信に裏付けされた歩みに眼を奪われた。オレはラオスで生まれ、フランスで育ったラオス系フランス人である。その彼がラオスとタイで学んだ古典舞踊と自身の原点であるヒップホップとの融合を図ることで、まさに「西洋と東洋の文化交差点に立つソロ」を創り上げたのである。

振付:キム・ヒジュン
作曲:パク・ジュンヨン
<振付家コメント>
ダンスを通して身体が消耗していく過程を描きながら、身体に宿るダンスが「現前する身体」を顕わにするための関係性として機能していることを示す。最終的には「存在するために消耗している」という、身体とダンス
の相互的な関係に向き合おうとする。
<芸術監督コメント>
「 Épuiser」はフランス語で「使い切る」というような意味合いの言葉である。ヒジュンは自分の体力を「使い切る」ように踊る。まさに消耗するために踊っているのである。やがて彼の衣服から無数のコインがこぼれ落ち、舞台にばら撒かれていく。そのコインがステージにぶつかる音が彼の悲鳴のようにも、涙がこぼれ落ちる音にも聞こえる。
【チケット】
国際舞台芸術祭『踊る。秋田』~メインフェスティバル~
2025年12月1日発売開始!
一般前売り 3,000円 当日券 3,500円
会員券 2,500円 高校生以下無料(要予約)
二本通し券 5,000円 全公演通し券 10,000円 ダンス週間通し券 7,500円
【取り扱い】
魁News Café TEL.018-874-8171 、
ココラボラトリー TEL.018-866-1559